case

診療実績

TOP > #26 脳腫瘍(髄膜腫・犬)【画像診断】
2023.11.29
画像診断
#26 脳腫瘍(髄膜腫・犬)【画像診断】

<症例> 小型雑種犬、10歳、去勢雄

 

1ヶ月程前に初めて痙攣発作を起こし、最近また数回立て続けに発作を起こし、その後から元気もなくふらついているとのことで来院されました。
年齢から脳腫瘍の可能性も疑われたため、頭部の精査のためMRI検査を実施しました。

 

MRI検査を実施したところ、左の嗅球〜前頭葉底部に巨大な腫瘤が認められました。腫瘤はT2強調画像/FLAIR画像で不均一な混合信号、T1強調画像で等信号を呈し、造影剤による非常に強く不均一な増強効果を認め、腫瘤尾側域には局所的な液体貯留も認められました。腫瘤は近傍の髄膜との連続性も疑われたことから、髄膜由来の脳実質外の腫瘍が強く疑われ、髄膜腫が最も疑われました。また、その他にも組織球肉腫も鑑別として考えられましたが、本症例は手術時に実施された病理検査によって髄膜腫という結果でした。

 

【MRI、矢状断像、T2強調画像】
【MRI、矢状断像、T2強調画像】
【MRI、矢状断像、造影T1強調画像】
【MRI、矢状断像、造影T1強調画像】

 

【MRI、横断像、T2強調画像】
【MRI、横断像、T2強調画像】
【MRI、横断像、造影T1強調画像】
【MRI、横断像、造影T1強調画像】

 

【MRI、背断像、T2強調画像】
【MRI、背断像、T2強調画像】
【MRI、背断像、造影T1強調画像】
【MRI、背断像、造影T1強調画像】

 

本症例は腫瘤がかなり大きく、周りの脳実質が腫瘤により圧迫されることによって特に左側の大脳が広範囲に強い浮腫を起こしていました(黄矢頭)。頭蓋内は、頭蓋骨で覆われた閉鎖空間のため、圧の逃げ場がなく、こういった腫瘤や脳の浮腫により、頭蓋内の圧、すなわち脳圧が高まってしまいます。この状態を脳圧亢進と呼びます。脳圧が亢進しているとMRIでは、正常時しっかりと見える脳溝が見えなくなります。本症例の脳圧が正常時と脳圧亢進時の横断像の画像を比べると、脳圧亢進時には脳溝がほとんど見えていないことがわかります。また、脳圧亢進が進むとテント切痕ヘルニアや大孔ヘルニア(小脳ヘルニア)といった脳ヘルニアを起こします(橙矢頭)。

 

テント切痕ヘルニアは大脳の一部が小脳のスペース(小脳テント下)へ飛び出すことをいい、大孔ヘルニア(小脳ヘルニア)は小脳の尾側が大後頭孔と呼ばれる穴から押し出されることをいいます。先天性の骨の奇形である後頭骨形成不全などにより大孔ヘルニアのように小脳が少し飛び出している所見は偶発的に見られることがありますが、本症例の脳圧正常時と比較すると、やはり脳圧亢進時には少しではありますが小脳が尾側へやや突出していることがわかります。また、本症例は腫瘤及び浮腫により、左側の大脳が大脳の正中(大脳鎌)を越え、右側へ偏位していました。これも脳ヘルニアの一種で正中偏位(midline shift)と呼ばれます。

 

【MRI、横断像、T2強調画像、脳圧亢進時】
【MRI、横断像、T2強調画像、脳圧亢進時】
【MRI、横断像、T2強調画像(脳圧正常時)】
【MRI、横断像、T2強調画像(脳圧正常時)】

 

【MRI、矢状断像、T2強調画像、脳圧亢進時】
【MRI、矢状断像、T2強調画像、脳圧亢進時】
【MRI、矢状断像、T2強調画像(脳圧正常時)】
【MRI、矢状断像、T2強調画像(脳圧正常時)】

 

<犬の髄膜腫 meningioma>
髄膜腫は脳腫瘍(頭蓋内腫瘍)の中で犬猫において最も多く見られ、犬の原発性脳腫瘍のうち45%だったという報告もあります。ゴールデンレトリーバーやジャーマンシェパードドッグ、コリーなどの長頭種やボクサーなどに多く、一般的な腫瘍同様、中高齢で多く発生します。髄膜腫は名前の通り、脳を覆う髄膜(特にくも膜上皮)から発生する腫瘍であるため、脳腫瘍と言われる腫瘍の中でも脳の外側(脳実質外)に腫瘤を形成するタイプで、脳の外側から脳を圧迫することにより、脳に影響を与えます。症状は脳が腫瘍により影響を受けている部位にもよりますが、髄膜腫は脳の中でも頭側の嗅球や前頭葉と呼ばれる領域での発生が多く、犬の場合はてんかん発作を起こすことも多いです。

 

髄膜腫は人のWHO分類に倣ったグレード分類ではグレードI(良性)、II(異型性)、Ⅲ(悪性)の大きく3つに分類され、犬の髄膜腫を調べた報告では、グレードIが56%、グレードIIが43%、グレードⅢが1%という結果でした。人の髄膜腫ではグレードIの発生率が80%程度と言われており、人に比べると犬はグレードIIの比率が高くなっています。髄膜腫のさらに細かい分類(組織型、サブタイプ)は10種類以上あり、グレードIに分類される髄膜上皮型や移行型が多いと言われています。

 

髄膜腫でてんかん発作を起こした症例でも、本症例のように周囲の脳への影響がまだ少ない時点では、てんかん発作時以外は全く普段通りの様子であるということもよくあります。以前#16特発性てんかん【画像診断】の回でもご説明しましたが、中高齢(特に7歳以上)で初めて発作を起こした場合には脳腫瘍の可能性も考えられます。普段全く元気であっても、上記に当てはまる場合には一度ご相談下さい。

 

【参考文献】

Wisner ER, Dickinson PJ, Higgins RJ. Magnetic resonance imaging features of canine intracranial neoplasia. Vet Radiol Ultrasound. 2011 Mar-Apr;52(1 Suppl 1):S52-61. doi: 10.1111/j.1740-8261.2010.01785.x. PMID: 21392157.

 

Snyder JM, Shofer FS, Van Winkle TJ, Massicotte C. Canine intracranial primary neoplasia: 173 cases (1986-2003). J Vet Intern Med. 2006 May-Jun;20(3):669-75. doi: 10.1892/0891-6640(2006)20[669:cipnc]2.0.co;2. PMID: 16734106.

 

Sturges BK, Dickinson PJ, Bollen AW, Koblik PD, Kass PH, Kortz GD, Vernau KM, Knipe MF, Lecouteur RA, Higgins RJ. Magnetic resonance imaging and histological classification of intracranial meningiomas in 112 dogs. J Vet Intern Med. 2008 May-Jun;22(3):586-95. doi: 10.1111/j.1939-1676.2008.00042.x. Epub 2008 May 2. PMID: 18466258.

 

 

※当院では、高崎市の「MGL付属高度動物医療センター」にてMRI検査を実施しております。当院からの指示があった場合を除き、まずは富岡総合医療センターをご受診下さい。