<症例> ゴールデンレトリーバー、10歳、去勢雄
ここ最近腰のあたりを触られるのを嫌がる様子があり、階段を登れなくなってきたとの主訴で来院されました。
身体検査及び神経学的検査を行ったところ、腰仙椎領域の圧痛及び両後肢の姿勢反応の軽度低下が認められました。
レントゲン検査ではL3-4及びL7-S1で変形性脊椎症が認められましたが、それ以外は大きな異常は認められませんでした。腰仙椎領域の神経の異常が疑われたため、精査のためMRI検査を実施しました。
MRI検査を実施したところ、第7腰椎-仙椎(L7-S1)の椎間板に顕著な変性所見が認められ、同椎間周囲に変形性脊椎症が認められました(黄矢頭)。第3腰椎と第4腰椎間(L3-4)にも変形性脊椎症は認められていますが、椎間板の変性所見は僅かであり、背側を走行する脊髄にも異常は認められませんでした。L7-S1では、椎間板が背側へ突出しており、背側を走行する神経の束(馬尾神経*)を圧迫していました(水色矢頭)。また、右側の神経根(第7腰髄神経根)はやや腫大していたことから、突出した椎間板物質により神経根が圧迫されたことによる神経根炎の併発も疑われました(赤矢頭)。
*馬尾神経:下の画像を見てわかるように、脊髄は尾側の腰椎のあたりから徐々に細くなっているのがわかります。このあたりから、神経(第7腰髄神経根、第1〜3仙髄神経根、尾髄神経根など)が束となって尾側へ向かって走行しており、この形が馬の尻尾に似ているからという理由で馬尾(cauda equina)と呼ばれています。
<変性性腰仙椎狭窄症 degenerative lumbosacral stenosis(馬尾症候群 cauda equina syndrome)>
変性性腰仙椎狭窄症(DLSS)は馬尾症候群とも呼ばれ、腰仙椎の狭窄や不安定性などにより、脊髄の尾側に走行する馬尾神経が圧迫されることにより神経兆候を起こすことをいいます。原因は先天性では脊椎の奇形など、後天性では靱帯や椎間板の加齢に伴う変性性変化により靱帯の肥厚や椎間板が突出する事により(Hansen II型)、脊柱管や椎間孔が狭窄することによるものなど(他にも椎間板脊椎炎、外傷、腫瘍などもあり)です。中高齢の大型犬で好発し、特にジャーマンシェパードドッグで多く、雄は雌の2倍罹患しやすい、腰仙骨移行椎体(椎体の奇形)がある場合にはより罹患しやすく発症するタイミングも早いという報告などがあります。
本症例も高齢の大型犬であり、変性性腰仙椎狭窄症の原因として最もよく見られる加齢に伴う椎間板の変性により、椎間板が突出したことによる馬尾神経及び神経根の圧迫が生じていました。本症例は腰仙椎の奇形は認められませんでしたが、レントゲンやCTを撮影した際に腰仙椎含む脊椎の奇形は偶発的に認められることがよくあります。
この症例は、仙椎の左側が正常な仙腸関節を形成せずに、腰椎の横突起と同じような形態を呈しています。このような脊椎の先天性奇形は移行脊椎と呼ばれます。他にも塊状脊椎、蝶形脊椎、半側脊椎と呼ばれるタイプの先天性奇形もあり、蝶形脊椎/半側脊椎はフレンチブルドッグやパグなどの短頭種でよく見られます。
【参照文献】
Flückiger MA, Damur-Djuric N, Hässig M, Morgan JP, Steffen F. A lumbosacral transitional vertebra in the dog predisposes to cauda equina syndrome. Vet Radiol Ultrasound. 2006 Jan-Feb;47(1):39-44. doi: 10.1111/j.1740-8261.2005.00103.x. PMID: 16429983.
Worth A, Meij B, Jeffery N. Canine Degenerative Lumbosacral Stenosis: Prevalence, Impact And Management Strategies. Vet Med (Auckl). 2019 Nov 19;10:169-183. doi: 10.2147/VMRR.S180448. Erratum in: Vet Med (Auckl). 2020 Feb 04;11:15. PMID: 31819860; PMCID: PMC6875490.
※当院では、高崎市の「MGL付属高度動物医療センター」にてMRI検査を実施しております。当院からの指示があった場合を除き、まずは富岡総合医療センターをご受診下さい。