急性の呼吸困難とは
犬や猫にとって、呼吸は命を維持する最も重要な機能です。
呼吸が苦しそう、口を開けて息をしている、胸や腹を大きく動かして呼吸している――こうした症状は急性の呼吸困難のサインであり、夜間でも一刻を争う対応が必要です。
呼吸困難は原因によって対処法が大きく異なり、適切な処置が遅れると数時間で命に関わる危険があります。夜間でも迷わず、すぐに動物病院へ連絡・受診してください。
急性の呼吸困難を引き起こす主な原因質
心臓・循環器の異常
心不全・肺水腫・胸水貯留
犬では弁膜症、猫では心筋症による肺に水分がたまる病態の肺水腫で溺れている状態になり呼吸が早くなります。重症化すると口からピンク色の水のようなものが出ることがあります。
また右心不全になると心臓に返ってくる血流が滞り、胸水が溜まることがあります。
ネコにおいては心筋症の左心不全のみでも胸水が溜まることがあります。
肺高血圧症
肺に行く血流が早くなり、酸素交換ができなくなる病気です。原因としては呼吸器疾患、心不全、血栓症、腫瘍、フィラリア感染など様々なものが挙げられます。
血栓塞栓症(特に猫)
心筋症などが原因になり、血栓が形成され、動脈に詰まる病気です。肺に詰まることで急性の呼吸困難を引き起こすことがあります。また腰や足の血管に詰まることが多く、激しい痛みにより呼吸が荒くなることもあります。
血栓塞栓の原因としては膵炎、免疫疾患(免疫介在性溶血性貧血など)、たんぱく漏出性腎症、フィラリア感染などが有名であり、心臓以外の疾患により引き起こされることがあります。
呼吸器の異常
上部気道閉塞
気道の内部または外部からの閉塞により呼吸状態の悪化が引き起こされます。原因として異物、腫瘍、炎症、感染症などがあげられます。また頭部~頚部の外傷による軟部組織の腫れでも気道閉塞を起こします。のどや気管に異物が詰まったり、腫瘍や強い炎症で気道が狭くなることで呼吸が困難になります。「ヒューヒュー」「ゼーゼー」という喘鳴音が聞こえることがあります。
鼻腔閉塞
異物、腫瘍、感染、炎症、ポリープなどにより、鼻づまりなどが引き起こされ、鼻での呼吸ができなくなり、吸気時の努力性呼吸が認められます。猫においては開口呼吸が認められることがあります。
短頭種気道症候群(フレンチブルドッグ、パグなど)
鼻孔の狭さや軟口蓋の長さなどが原因で、暑い時期や興奮時に呼吸困難を起こしやすい犬種です。呼吸時に「ガーガー」と音がしたり、普段からいびきが多い子は特に注意が必要です。長期で呼吸の異常が認められ熱中症になる症例が多い疾患です。
喉頭麻痺
気管を蓋する役割のある喉頭が麻痺することにより、吸気時に喉頭が開かないことによる吸気努力性呼吸を認める。努力呼吸が続きそのまま呼吸困難に陥ることもあります。
気管虚脱(特に小型犬)
気管がつぶれることで呼吸がしづらくなり、ガチョウが鳴くようなガーガーという特徴的な咳が認めらます。グレードにより症状は異なりますが、重症例では呼吸困難を伴います。
下部呼吸器疾患(気管支疾患)
気管と肺の間に位置する気管支の病気により咳を引き起こします。
代表的な疾患として猫喘息や気管支炎があります。
重症化すると呼吸困難を示します。
肺実質疾患
感染や炎症による肺実質内に酸素が取り込みにくくなり、呼吸が荒くなります。
代表的な疾患は以下のものがあります。
・肺炎(感染性、誤嚥性)
・肺水腫(心原性、非心原性)
・間質性肺疾患(肺線維症(犬)、好酸球性気管支肺炎(猫)、糸状菌関連疾患(猫))
・肺腫瘍(肺原発性、転移性)
・外傷(肺座礁)
・肺葉捻転
胸腔内病変
肺や気管の周囲の空間に水分や空気、臓器が入り込むことよって肺が膨らむことができずに呼吸困難になることがあります。
代表的な疾患は以下の通りです。
・胸水
・気胸
・腫瘍
・腹部臓器による圧迫(腹部腫瘤、腹水、胃拡張、肝腫大、脾臓腫大、妊娠)、横隔膜ヘルニアなど
その他
全身炎症
全身炎症に伴う肺への炎症の波及に伴い急性呼吸促拍症候群を引き起こす可能性があります。また感染症の悪化による全身炎症が生じた場合に敗血症となり多臓器不全に陥ることもあります。
神経疾患
発作に伴う高体温や発作前後の症状により呼吸があらくなることがあります。また椎間板ヘルニアなどの椎間板疾患でも重度のものであれば呼吸筋の麻痺などが起こり死に至ることがあります。
交通事故や落下による胸部外傷
肋骨骨折や気胸(肺から空気が漏れる)によって呼吸ができなくなることがあります。
熱中症(特に5〜10月に多発)
体温上昇に伴って呼吸が速くなり、やがて呼吸困難を引き起こします。短頭種は特に注意が必要です。
アレルギー反応(アナフィラキシー)
ハチやムカデの刺傷、薬剤やワクチンによるアレルギー反応で気道が腫れ、短時間で窒息に至ることがあります。
その他貧血や過度な疼痛でも呼吸状態の悪化を認めることがあります。
主な症状
急性の呼吸困難では以下のような症状が見られます。
- 息が荒い・速い、または浅い
- 口を開けて苦しそうに呼吸している
- 胸や腹を大きく動かして呼吸している
- 咳が止まらない、ゼーゼー・ヒューヒューと音がする
- 落ち着きがなく、立ち上がって首を伸ばすような姿勢をとる
- 舌や歯茎の色が紫色(チアノーゼ)
- 意識がもうろうとする、ぐったりしている
これらの症状は夜間に突然起こることもあり、一刻を争う緊急事態です。
診断と治療の流れ
1. 緊急評価
来院後ただちに呼吸状態を確認し、酸素吸入を開始します。
2. 問診・身体検査
発症時期、呼吸の様子、咳の有無、外傷や誤食などの可能性を確認します。
3. 画像検査(レントゲン・エコー)
肺や心臓の異常、気管や気道の閉塞の有無を確認します。
4. 血液検査・血液ガス分析
酸素や二酸化炭素の濃度を測定し、重症度を把握します。
さらにSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)を測定することで、体内の酸素供給状態をより正確に評価し、呼吸機能の異常や酸素療法の必要性を迅速に判断します。
5. 治療
原因に応じて、酸素吸入、利尿剤(肺水腫の場合)、気管支拡張剤、抗炎症薬、外科的処置(異物除去・胸腔ドレナージなど)を行います。
さらに、必要に応じて酸素室・酸素マスク・気管挿管による酸素吸入、鎮静処置、外科介入(異物除去、気管切開、胸腔ドレナージ)などを実施し、速やかな呼吸状態の改善を図ります。
夜間でも、早期の酸素供給と原因の特定・処置が命を救う鍵となります。
- 来院後すぐにお預かりして安定化の処置(酸素吸入、各種検査、薬剤投与など)を実施させていただく可能性があります。
- 呼吸状態の悪化による過度な興奮状態であることが多いため鎮静剤の投与を合わせて行うことがあります。
夜間診療の重要性
呼吸困難は、数時間の遅れが命取りになる緊急疾患です。
「少し苦しそうだけど朝まで様子を見よう」という判断は非常に危険です。
夜間でも適切な処置を受けることで、救命率が大きく向上します。
飼い主さまへのお願い
- 呼吸困難の症状が見られたら、すぐに動物病院へ連絡・来院してください。
- 移動中は過度な保定を避け、落ち着かせた状態で搬送してください。
- ハチ刺されやアレルギーの場合は、刺された部位や反応の経過がわかると診断に役立ちます。
- 熱中症が疑われる場合は、来院前にできる範囲で体を冷やすことも重要です。
- 現在服用中のお薬や実施済みの検査結果がございましたら、分かる範囲でご持参ください。