11歳のわんちゃんで、左後肢の跛行(びっこ)を主訴に来院されました。身体検査、整形学的検査、レントゲン検査の結果、左後肢は膝蓋骨内方脱臼を伴う前十字靭帯疾患と診断しました。もともと心疾患を患っているわんちゃんでしたが、普段は活動的な性格であることも考慮し、飼主様と相談の結果、外科手術に進むこととなりました。
手術は膝蓋骨脱臼と前十字靭帯断裂両者に対して術式を組み合わせて実施しました。膝蓋骨脱臼はSingletonの分類でGrade3と考えられ、滑車溝は扁平化を認めたため造溝術を行いました。前十字靭帯は尾外側極の線維がわずかに残存していたものの機能的に完全断裂と考えられ、内側半月板の損傷も認めました。半月板の部分切除の後、TPLOを実施し手術終了としました。
もともと重度ではないものの心疾患に罹患しており、全身麻酔には注意が必要と考えられましたが、米国獣医麻酔疼痛管理専門医の小田先生、当院麻酔科医の松浦先生と連携し無事に手術を終えることができました。術後1週間の検診時には患肢は接地し元気に歩行しており、順調な回復が期待できます。
前十字靭帯は大腿骨(太ももの骨)と脛骨(すねの骨)を繋ぐ膝関節中の靭帯で、運動機能に対して大きな役割を担っています。前十字靭帯の損傷が始まると滑膜炎という関節内の炎症が起こり、さらに進むと関節の不安定性が生じます。この状態が続くと徐々に慢性疼痛を伴う骨関節症へと進行していきます。進行した骨関節症を治療する確実な根拠のある治療法は今のところありません。また前十字靭帯損傷が惹起される原因も未だ解明されていないことから、発症を予防することも困難です。前十字靭帯疾患を早期に発見し、進行させないことが現状最良と考えられ、その手段としては外科手術が最も効果的とされています。しかしながら手術しか選択肢がないというわけではなく、当院では動物、ご家族にとって最良の選択をして頂けるよう、常に複数の選択肢を提示しています。ご不明な点は、獣医師までご相談ください。
【術前レントゲン】
【術後レントゲン】
【参照文献】
1. Singleton WB. The surgical correction of stifle deformities in the dog. J Small Anim Pract 1969;10:59-69.
2. Wang Y, Gludish DW, Hayashi K, et al. Synovial fluid lubricin increases in spontaneous canine cruciate ligament rupture. Scientific reports2020;10:1-10.
3. Boge GS, Engdahl K, Bergström A, et al. Disease-related and overall survival in dogs with cranial cruciate ligament disease, a historical cohort study. Preventive veterinary medicine 2020;181:105057.